40年程前の学生時代の話になりますけど、当時の名古屋駅周辺の歩道を歩いていると
若者をターゲットに、スーツ姿でアンケート用紙を片手に怪しい勧誘をする輩が、
何組か並んでいる光景をよく見たものです。
当時世間知らずの恐れ知らずで好奇心旺盛な私は、「話の種になれば」とわざと勧誘さ
て、あるビルの一室に連れていかれたのですが、案の定、ツッコミどころ満載の
詐欺だったため、帰り際のエレベーターが閉まる直前に
「こんな嘘並べたってだれも信用しませんよ!こんなことやめてください!」
と担当の男に捨て台詞をはいたのですが、それを聞いた男の苦笑いする顔を今でもよく覚
えています。
その時の気分は「爽快」だったけど、今思うと「何もされなくてよかった~💦」ですね。
若いって危なっかしいですね。
信じてしまった者に罪はない・・・しかし
世間知らずで無知な当時の私(今も大して変わらないかも)は、一週間後
もう一度勧誘されてみようと、駅前の通りを歩くことに。
スーツ姿にアンケート用紙を持つスタイルの勧誘の方達の前を通りかかると
「何か悩み事はありませんか?私達と一緒に悩みを解決しませんか?」と
優しいく嫌味の全くない声で話しかけられました。
見ると私より少し年上だろう真面目な印象の女性でした。
アンケートの内容は覚えていませんが、渡された資料にはキリスト教の布教
というような内容で、キリスト教でより幸福な人生を歩んでほしいといった
事も書かれていました。
その女性が「一度、遊びに来るつもりで立ち寄ってもらえたらうれしいです
お昼ごはんとか夕食をいつでもご馳走しますよ」と街中にあるビルの住所を
教えられました。
人を騙そうという下心は感じないし、噓を言っているようでもないし、
とても好感が持てる印象でした。
キリスト教には以前から少し興味があった事もあり、一週間ほどしてから
教えられた住所に行くことにしました。
その場所はビジネス街から少し離れた5階建てくらいの小さなビルの2階でした。
若い頃から方向音痴の私は同じところを何度も回りヘトヘトな状態でようやく到着。
お昼に着くつもりが、午後の2時頃になっていたような記憶です。
入口で声をかけると中から明るい声で「こんにちは、よくいらっしゃいました。どうぞ
こちらへ」と数人の男女の方が、快く出向いてくれました。
中に入ると20人程の若い方達(といってもその時は私が一番若かったかも)
が、グループになっていろいろな情報交換をしているようでした。
しかし、皆さん笑顔でお話をされていたので、その場の雰囲気はとても朗らかで
どこかのお宅におじゃましているような錯覚さえありました。
❝とても平穏な場所❞という印象。
「道に迷って、お昼ごはんまだなんですってね。カレーがありますけど食べますよね。
今日は私が作ったんですよ」と大盛りのカレーを御馳走になりながらいろんな話を聞い
たり話したりとても楽しい時間を過ごすことができて少し幸せな気分にもなりました。
その後、何回かおじゃまするうちに同時期に勧誘された数人で2日間の研修を受けに行
くことになり、その頃には数人と仲も良くなっていたのもあり軽い気持ちで受けたので
す。
キリスト教についての勉強会ではあったのですが、配られた資料を見ると
何やらこの団体の代表者の名前があり、「この人がキリストの再来、救世主なのです」
みたいなことが書かれている。
『なんが思ってたのと違うぞ!』と感じてその代表者の名前を見ると
『文鮮明』と書かれていました。
当時は全く何も知らなかったので『なぜ中国人がキリスト教?』くらいにしか
思いませんでしたが、今話題の『旧統一教会』だったんですね。
その研修がきっかけでパッタリ行くのをやめたのですが、そこにいた方たちの
笑顔は、決して偽りではなく、人に対する思いやりの深い方ばかりで
教えに対して素直で、まっすぐな目をした方達でした。
研修後にいただいた手作りのカバーが着けられた心のこもった聖書は、
とても捨てられるものではなく、今も大事に持っています。
あの方たちは、信じることで大きな幸せを感じているのですからそれはとても
良いことであるのは間違いない事です。
ただ、そういったまっすぐで清らかな心を、「利用されていたのかもしれない」
と思うと、絶対に許せないのです。
あの方たちが今も、そのまま信者であり続けていたとしても
どうか幸せであってほしいと祈るばかりです。
最後までお読みいただきありがとうございます。